日本映画学会会報第18号(2009年7月号)

●日本映画学会会員のみなさまへのお知らせ

  • 第5回日本映画学会全国大会は2009年12月5日(土曜日)、京都大学にて開催されます。全国大会で個人口頭研究発表(25分発表+10分質疑応答)を御希望の方は本年9月20日までに500字程度の発表概要と仮題をお書きの上、日本映画学会事務局(cinema<atmark>art.mbox.media.kyoto-u.ac.jp [<atmark>に@を代入])までe-mailにてお申し込み下さい。そのさい件名に「個人口頭研究発表」とお書き下さい。

●視点 ウィリアム・フォークナーとアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

大地おおち 真介しんすけ (広島大学大学院文学研究科准教授)

 筆者の専門はウィリアム・フォークナー等のアメリカ文学であるが、幼いころからの映画好きが高じてアメリカ文学と映画の関係についての論文を何本か発表している。その関係で、昨秋、日本ウィリアム・フォークナー協会の全国大会シンポジウム「フォークナーと映画」の司会を仰せつかり、「フォークナーとアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ」という発表をさせていただいた。
 ウィリアム・フォークナーをご存じない方もおられると思うので、フォークナーについて簡単に紹介させていただきたい。モダニズム文学の巨匠と言われるフォークナー(William Faulkner, 1897-1962)は、アメリカのミシシッピ州の架空の地ヨクナパトーファ郡を舞台に、アメリカ南部の悲劇と宿命を実験的手法で描き、その連作はヨクナパトーファ・サーガと呼ばれている。代表作は、『響きと怒り』(The Sound and the Fury)、『八月の光』(Light in August、ノーベル賞受賞作品)、『アブサロム、アブサロム!』(Absalom, Absalom!)、『行け、モーセ』(Go Down, Moses)等である。フォークナーは、当初は、作品の複雑さと暗さゆえに売れない作家だったが、今日では、『白鯨』のハーマン・メルヴィルと並んでアメリカを代表する作家とみなされている。
 このフォークナーは、映画と非常に深いつながりがある。作品が何本も映画化され、また、しばしば困窮した際にハリウッドで映画の脚本書きの仕事をしており、その代表作は、ハワード・ホークスが監督したハンフリー・ボガート主演の『三つ数えろ』や『脱出』である。また、フォークナーの小説から影響を受けた映画作家も多く、例えば、オーソン・ウェルズとハーマン・マンキウィッツは、新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの実生活とフォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を下敷きにして『市民ケーン』の脚本を書いた(Kawin 145-46)。また、ジャン=リュック・ゴダールは、長年にわたってフォークナーにオマージュを捧げており、彼の作品『勝手にしやがれ』、『気狂いピエロ』、『彼女について私が知っている二、三の事柄』、『ウイークエンド』、『ヌーヴェルヴァーグ』、『ゴダールの決別』、『JLG/自画像』、『映画史』において、フォークナーの作品が言及されるか、あるいはフォークナーの作品の一節が借用されたり朗読されたりしている。
 シンポジウム「フォークナーと映画」では、筆者は、フォークナーの影響を受けた映画作家の中でも、まさに今が旬の映画作家であるクエンティン・タランティーノとアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥについて論じた。タランティーノの経歴については説明不要であろうが、イニャリトゥについては略歴を述べておきたい。イニャリトゥ(Alejandro Gonzalez Inarritu)は、1963年にメキシコのメキシコ・シティで生まれた。1999年に『アモーレス・ペロス』(Amores perros)で監督、脚本および製作を担当し、同作品は、メキシコはもとより世界中で大ヒットし、カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ、イギリス・アカデミー賞外国語映画賞に輝いたり、メキシコ・アカデミー賞の11部門で受賞したりした(Smith 13)。2001年には短編映画「パウダー・ケグ」(“Powder Keg”)で監督と脚本を担当し、カンヌ国際映画祭サイバー・ライオン賞グランプリを獲得する。2002年には、世界各国を代表する11人の映画監督によるオムニバス映画『11’09”01/セプテンバー11』(11’09”01 ― September 11)の中の短編映画「ダークネス」(“Darkness”)で監督、脚本および製作を担当した。「ハリウッドから引く手あまたの映像作家となった」イニャリトゥが(畑野 10)、2003年にアメリカを舞台にして作った映画が『21グラム』(21 Grams)であり、監督、脚本および製作を担当している。2人のアカデミー賞俳優ショーン・ペンとベニチオ・デル・トロが主演したことでも話題になり、ヴェネチア国際映画祭の3部門で受賞した。2006年には、『バベル』(Babel)で、監督、脚本および製作を担当している。ブラッド・ピットやケイト・ブランシェットが主演し、結局、カンヌ国際映画祭最優秀監督賞、アカデミー賞最優秀作曲賞、ゴールデン・グローブ賞最優秀作品賞等に輝いた(Augustyn)。2007年には、カンヌ国際映画祭から依頼されて、オムニバス映画『それぞれのシネマ ― カンヌ国際映画祭60回記念製作映画』(Chacun son cinema ou Ce petit coup au coeur quand la lumiere s’eteint et que le film commence)に参加し、同作品中の短編映画「アンナ」(“Anna”)で監督と脚本を担当している。以上のように、イニャリトゥは、現在、世界で最も活躍している映画作家の1人である。
 イニャリトゥの映画は、作品の構造が、タランティーノの『パルプ・フィクション』(1994)に似ているとよく言われるが、そのことについてイニャリトゥは、次のように述べている。「私は、タランティーノの、作品構造の操り方が好きだが、私には、なぜ彼が称賛されるのか分からない。実のところ、それはウィリアム・フォークナーの技法だ。つまり、それはずっと前からある文学的な作品構造なんだ」(Romney 12)。そして、イニャリトゥと共同で脚本を執筆しているギジェルモ・アリアガ(Guillermo Arriaga)も、「『アモーレス・ペロス』は『パルプ・フィクション』みたいだと人々が言うので私は驚いた。『パルプ・フィクション』は素晴らしい映画だとは思うが、私は、ウィリアム・フォークナーの作品を基にして脚本を執筆したんだ」と述べている(Hirschberg 34)。つまり、イニャリトゥと彼の共同脚本執筆者は、タランティーノはフォークナーの小説の構造を利用しているにすぎず、自分たちの作品は、タランティーノではなくフォークナーの作品を基にしていると公言しているのである。実際、イニャリトゥの作品には、フォークナーの小説の、ストーリーの時間と空間を解体する技法(およびその技法と連動する〈父の不在のテーマ〉)が見て取れる。詳しいことをお知りになりたい方は、日本ウィリアム・フォークナー協会の学会誌『フォークナー』(松柏社から出版)の第11号(2009年号)の拙論「フォークナーとアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ」(68‐79)をご高覧いただければ幸いである(今秋には、その英語版が同協会のホームページ<http://www.faulkner-in-japan.net/>に掲載)。
 最後に、文学研究者の立場から映画研究について愚見を述べさせていただくと、映画は、文学、音楽および美術を内包する総合芸術である以上、ジャンルを超えて様々なアプローチから研究することが可能であり、そういった意味でも、映画研究は今後ますます発展していく分野であると筆者は確信している。

引用文献
Augustyn, Adam. “Alejandro Gonzalez Inarritu.” Encyclopaedia Britannica. 2008. 15 Aug. 2008 <http://www.britannica.com/EBchecked/topic/1269648/Alejandro-Gonzalez-Inarritu>.
Hirschberg, Lynn. “A New Mexican.” New York Times Magazine 18 Mar. 2001: 32-35.
Kawin, Bruce F. Faulkner and Film. New York : Frederick Ungar, 1977.
Romney, Jonathan. “Going to the Dogs.” Guardian 22 Aug. 2000, sec. 2: 12-13.
Smith, Paul Julian. Amores perros. BFI Modern Classics. London : British Film Institute, 2003.
畑野裕子編『アモーレス・ペロス』、東京テアトル、2002年。


●新入会員紹介

  • 井谷善惠(多摩大学グローバルスタディーズ学部講師)近代美術史/異文化交流史
  • 木村めぐみ(名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士課程)映画産業論/フィルム・ツーリズム論
  • 後藤大輔(早稲田大学演劇博物館グローバルCOE「演劇・映像の国際的教育研究拠点」研究助手/早稲田大学大学院文学研究科人文科学専攻演劇映像学コース博士後期課程)エーリッヒ・フォン・シュトロハイム研究/アメリカ映画史
  • 芝山 豊(清泉女学院大学人間学部教授)比較文学(オリエンタリズム/モンゴル)
  • 張 小青(名古屋大学国際言語文化研究科博士後期課程)クィア映画理論/文学と映画学
  • ツヴェトコビッチ・アンドリヤナ(日本大学大学院芸術学研究科博士課程)日本映画論/デジタル映画/映画美学論
  • ドゥプラド・ヤニック(名古屋外国語大学フランス語学科招聘講師)アートシアターギルド映画/イギリスKitchen Sink Drama/Frederick Wiseman/ドキュメンタリー映画
  • 難波阿丹(東京大学大学院学際情報学府修士課程)初期映画/表象文化論/D・W・グリフィス論/メディアとプロパガンダ/国策映画/デジタル映像論
  • 松村 良(国士舘大学ほか非常勤講師)日本近代文学(横光利一を中心とした昭和戦前期の小説)