日本映画学会会報第12号(2008年1月号)
●日本映画学会会員のみなさまへのお知らせ
- 日本映画学会は2008年度より日本映画学会賞を制定します。日本映画学会誌『映画研究』第3号以降、同学会誌への投稿論文を日本映画学会賞の審査対象にし、傑出した学問的成果を示した論文に対して同賞を授与します。
●視点 デジタルシネマ
社城 毅(宝塚造形芸術大学メディア・コンテンツ学部教授)
〔デジタル宣言〕
1999年3月、米国ラスベガスで開催されたShow Westでジョージ・ルーカス監督は「次回作の『Star Wars: Episode II』を撮影から編集までフィルムを使用しないで製作する」とデジタル宣言した。
この新しい映画製作の手法はE-Cinemaと呼称された。
4月、SONYはNAB(米国放送機器展)で映画撮影用デジタルカメラ1080/24p・HDCAMを発表する。6月18日、ルーカスは米国の4つの映画館で『Star Wars: Episode I』をデジタル上映する。
11月、世界の電機メーカー24社はE-Cinemaをサポートするトータルシステムを提案する。2005年7月に公開された『Star Wars: Episode III』は全編2Kデジタル撮影で製作費のコスト削減に成功する。2006年、デジタルシネマの普及に拍車がかかる。
〔映画産業界に於けるデジタル化〕
映画に応用するデジタル技術の研究に逸早く取り組んだのは、世界最大のフィルムメーカー、米国イーストマン・コダック社である。
1992年、同社はロサンゼルスとロンドンに子会社シネサイト社を設立。デジタルフィルム修復やデジタルフィルムマスタリングなどのサービスを提供する。
1999年、ハリウッドにコダックイメージングテクノロジーセンターを設立。リリースプリントに匹敵する画質のデジタルシネマシステムを開発する。
2003年、ハリウッドのレーザーパシフィック・メディア社を買収。ポスプロ産業に参入。デジタルシネマの包括的なポスプロサービスを始める。劇場のオペレーションを自動化し広告等のコンテンツを上映するコダック・アドバタイジング・デジタルシネマ・オペレーティングシステム(A‐COS)の劇場テストをニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、東京(シネマ・メディアージュ)、上海で行う。
2006年、A‐COSを設置した米国・カナダの1500スクリーン、日本では10劇場86スクリーンに広告や予告篇をインターネット経由で一括配信する。DCI仕様に完全に準拠した本編上映用のコダックシネサーバJMN3000を発売する。DCI仕様は米国7大スタジオによって設立されたDigital Cinema Initiativeが2005年7月に提唱したデジタルシネマの配給と上映に関する技術仕様。イメージサイズは4K(4096×2160)と2K(2048×1080)。これによって技術的な標準規格が確率されたのである。JMN3000はコダックネットワークと接続してコダックデジタルシネマシステムを構成する。海賊版対策として、トムソンウォーターマーキングソリュ-ションを搭載。
2007年現在、世界8カ国で200サイト、2100スクリーンに導入されている。
なお、コダック社はデジタル原盤保存用に適した35mmフィルムを開発し、推奨、販売している。映画作品の保存にはこれが最適である。
劇場上映用のデジタルシネマプロジェクターのメーカーは、ウシオ電機グループ傘下の米国クリステイ社とテキサス・インスツルメンツ社。DLP Cinemaはテキサス・インスツルメンツ社の登録商標。
日本ではSONYが2007年に発売を開始。仕様は4K(4096×2160)と2K(2048×1080)。
デジタルカメラのメーカーとしては、世界初の4Kカメラとなった
OctavisionのOLYMPUSやSONY、Panasonic。2006年にはフィルムカメラメーカーのARRI社がデジタルカメラARRIFLEX D-20の販売を開始する。いずれもこれまでのシネレンズが使用できる。
〔日本のAK Pure Cinema〕
4K Pure Cinemaはデジタルシネマのネットワーク配信・上映の共同トライアル。2005年10月22日から「ティム・バートンのコープス・プライド」をDCI仕様でTOHOシネマズ六本木、シネマメディアージュ、TOHOシネマズ高槻に配信・上映する。東宝、日本電信電話、西日本電信電話が参加。2006年5月20日から「ダ・ヴィンチ・コード」と「ポセイドン」を配信・上映。ソニーピクチャーズとワーナーマイカルも参加。7月8日から『M. I. III」を配信・上映。上映館は上記に「ワーナー・マイカル・シネマズ板橋」と「TOHOシネマズなんば」が加わる。東映は『Star Wars: EpisodeII』で系列のティ・ジョイ5館に衛星を用いた配給を世界に先駆けて始めた。上映する映画館は、あらかじめ配信された特定のカギを使用して暗号を解読し、サーバにデータを保存する。しかし、この事業は伸展拡大していない。
〔変貌する映画興行界〕
東京・新宿。2006年5月14日、新宿松竹会館(4館)が閉鎖。
跡地に10スクリーン・2260席のシネコンビルを建設中。松竹の経営で08年9月のオープン予定。9月、三和興行の新宿文化シネマの4館が閉鎖。12月9日から角川ヘラルド映画が経営する新宿ガーデンシネマ2館とエスピーオー経営のシネマアート新宿2館にリニューアル。
新宿スカラ座の3館は2007年2月8日で閉鎖。
2月9日、旧新宿東映跡地に東映系のティ・ジョイとTOHOシネマズ共同経営の新宿バルト9が開場。日本初の全館(9スクリーン)デジタルシネマプロジェクター設備の導入となる。
新宿歌舞伎町の東急レクリェーションのミラノ3館と東宝の新宿プラザ、ヒューマックスシネマの3館、東亜興行の4館を閉鎖して、共同でシネコンビルの建設を計画。08年秋にも取り壊し作業がスタートする。
大阪の駅前シネコン。2006年9月22日、地下鉄なんば駅に直結する旧東宝南街会館跡地にTOHOシネマズなんば(9スクリーン・1960席)が開場。2007年4月19日、なんばパークスシネマ11(11スクリーン・2200席)がオープン。2011年春に完成予定のJR大阪駅の新駅ビルには、松竹、東宝、ティ・ジョイの3社共同事業となる12スクリーン・2500席のシネコンがオープンする。名称は未定。
神戸。2006年10月5日、JR三宮駅前にOSシネマズミント神戸(8スクリーン・1631席)と109シネマズHAT神戸(10スクリーン)が開場。九州・福岡。2011年、JR新博多駅ビルにT・ジョイ博多(12スクリーン・2000席)がオープンする予定。
〔現在の映画製作プロセス〕
- 撮影 フィルム撮影→ネガフィルム現像→デジタルフィルムスキャナ→非圧縮素材サーバ←デジタル撮影(非圧縮4K・2K・HD)
- ラッシュ
- 編集〔DI(Digital Intermediate)プロセス〕
- プロキシ編集(フィルムでのラッシュ編集に相当)
- CG合成
- オールラッシュ
- デジタルタイミング(色空間・階調特性の補正)
- デジタル0号・初号試写
- 上映←上映用プリント←デジタルフィルムレコーダ←デジタル原盤→デジタルシネマパッケージ→デジタル上映
デジタルフィルムスキャナ(ARRISCANの仕様):35mm・16mmフィルムに記録されたデータを専用サーバに記録するための機械。出力フォーマットは4K・2Kが主力。4Kは(4096×3112)pixel。2Kは(2048×1556)pixel。4K映像と2K映像を人間の目で判別できるのはスクリーンから30m以内だとされている。
デジタルフィルムレコーダ(ARRILASERの仕様):サーバから出力されたデータをフィルムに記録する機械。イメージフォーマットは35mm(フルアパーチュア、アカデミ、ビスタ、シネスコなど)。イメージサイズは4K・2K。光源は半導体レーザ(RGB)。
〔展望〕
2006年3月、NATO(全米興行主協会)会長ジョン・フィシアンは「デジタルシネマの本格的な開始が期待されている。デジタル化によるプラス面は観客によりよい映画を提供できるだけでなく、興行側にとっても各スクリーンの上映スケジュールがフレキシブルにできる。劣化が少ない他のコンテンツによる副収入などプラス面が多い。画面も明らかに35mmのそれを超えるようになった。プリントコストの興行側負担を少なくするというビジネスモデルも評価したい」。
MAPP(アメリカ映画協会)会長のダン・リックマンは「映画が与えてくれる感動、実際に味わえないような体験は全ての人々の生活を豊かに楽しくしてくれるものであり、シアターはその効果をさらに増幅するものである。変わり続ける市場に適応することが求められている」。2007年、フィシアン会長は「デジタルシネマ設備を導入したスクリーンは、米国で2300、海外で3000」と発表する。
映画社会史的にみれば、第1次映画革命はトーキー化、第2次映画革命はカラー化・ワイド化であり、デジタル化は第3次映画革命と言えよう。しかし、これからも長い間、世界中の劇場でフィルム上映とデジタル上映が共存していくであろう。フィルム上映での上映期間中の劣化の問題は興行側の頭痛の種である。初日の画質と楽日のそれには雲泥の差がある。しかし、興行主にとってはフィルムのプリント料金(40~60万円)の負担は大きな経営上の問題である。一方、現像所はプリント事業で利益を確保している。世界のプリント事業市場は年間8000億円の規模であると言われている。デジタル化はフィルムメーカーや現像所にとって死活問題である。東京現像所は2007年に4Kデジタル試写室を完成させた。現像所は今後、DI部門が主力事業となり、そこにはCGやVFXの若きアニメーターが集い、新しい映画製作者としての地位を確立するであろう。
ディズニー社は同社作品のデジタル上映には2K以上のデジタルプロジェクターを使用することを配給の条件とした。
デジタルシネマのスクリーン評価には画質や音響の数値的測定と数値的標準規格が必要である。数値的評価のため、東京・蒲田に「デジタルシネマ標準シアター」が設置され、「CoSME」(Color Space Management Evaluation=色空間管理用標準映像素材)が東京工業大学によって制作された。画質の評価につながる今後の研究課題として、スクリーンの生地の質の問題やモアレ問題(周辺部のボケ)がある。プロジェクターの映写レンズの改良も必要だ。画質に影響を与える劇場内の気流(空調設備などもその一因)の問題もある。デジタルシネマという用語の定義は、ハリウッドでは「2K以上のデジタル上映映画」であり、映画館の老朽化が進んだインドでは「HD画質」をも含む。
映画産業界では「多様な状況に対応できる技術」という意味合いでも使われるようになった。まさに、第3次映画革命は世界各国で進行中なのである。その行方はまだ薄靄の中に朧としている。