日本映画学会会報第8号(2007年5月号)

●日本映画学会会員のみなさまへのお知らせ

  • 本会報第1号で募集しました日本映画学会編の映画学論集(単行本)には出版に見合う数の投稿がありませんでしたので、以下の要領でひきつづき玉稿の御投稿を募集します。掲載の可否は本論集のための編集委員会(学会誌の編集委員会とは異なります)で査読のうえ決めさせていただきます。なお学会誌に投稿掲載された論文から編集委員会の判断によって本論集に採録する場合もあります。論文の内容は映画学に関するものであれば何でもかまいません。論文の形式は本HPにオンラインされている「書式規定」に準じますが、日本語による論文とします。枚数は400字詰め原稿用紙換算で40枚から60枚(つまり16000字から24000字)です。投稿〆切は2008年8月末日。投稿の宛先と投稿方法は本HPにオンラインされている「投稿規程」に同じです。投稿のさいの件名は「映画論集投稿」として下さい。

●視点 UCLA映画学科滞在記

山本一郎(松竹プロデューサー)

 私は昨年9月下旬から今年8月下旬までの予定で、文化庁の新進芸術家海外留学制度プログラムの下、ロサンゼルスにあるUCLA映画学科に客員研究員として滞在しております。京大の加藤幹郎教授から紹介いただいた、ジャン・ルノワール監督やF.W.ムルナウ監督の研究で有名なジャネット・ベルグシュトルム(バーグストローム)教授が現地での受け入れの労をとって下さいました。
 最初の2週間は、日本人の映画研究者の方々に御世話になりながら、家を探すのに苦労しました。家賃が思ったより(調査不足でしたが)高かったので独居はあきらめてルームメイトをUCLAのサイトで探して、バスで通えるところになんとか落ち着きました。UCLAの学生が利用するビッグブルーバスが走っている路線(UCLAの身分証提示で片道25セント)で、しかも大学に近いとなると少々割高になりますが、家賃月800ドルは立地から言うとやや安い方だと思います。
 私は図書館に通ってアーカイブのフィルム、DVDやビデオ、論文・書籍を中心に、ジャンル論に沿って調査する予定でしたが、米語を鍛えるためにも、学部学生向けの授業とクリティカル・スタディーズの大学院生向けの充実した授業を聴講するのが先決だと思い直して現在に至っています。
 UCLAの授業は春夏秋冬の4期に分かれていて、秋期が昨年10月頭から都合よく始まり、学部学生向けのクーンツ教授の「アメリカ映画史」、ブルック教授の「ドキュメンタリー映画史」と、大学院生向けホラック教授の「サイレント映画」ゼミを聴講しました。毎日午前10時ごろから夜11時すぎまで大学か、ハリウッドにあるアメリカン・シネマテークなどの旧作を上映する映画館にいりびたるという生活がはじまりました。
 UCLAの授業で驚いたのは、学生がゆったりと座れるTHX装備の300席くらいの試写室兼大教室です。クーンツ教授は「最高の設備で最高のプリントを上映する」と豪語していましたが、たとえば『仮面の米国』を35ミリ・ナイトレート・フィルムで上映するのには本当に感動しました。(後述する秋期の授業では『2001年宇宙の旅』を70ミリ、4チャンネルで上映しました。最近、『西狂牙狂騒曲』の35ミリ・ナイトレート・フィルム版の上映を見逃してしまったのは痛恨で、いまだに夜中に溜め息をついたり、うなったりしています。)
 学部学生向けの授業は午後1時から5時まで週2回、前半が講義、後半が映画上映です。大学院生向けのゼミは、週1回の別日に小さ目の試写室でのDVD上映と小教室での質疑応答を中心にした内容です。シラバスに参考文献リストが載っていて、それをあらかじめ読んで試写を見てゼミに参加するのですが、米語についていけず現在もとても苦労しています。どの授業も2ヶ月ちょっとで終わり、あっと言う間に駆け抜ける感じです。まじめな学生は本当に熱心です。20年前の学生時代の自分自身とつい比較してしまい、その度に大きく落ち込んでしまいます(当時私は法学部生でしたが・・・)。しかし、ときおり20歳前後の元気はつらつとした若者が、講義が終わったら、一期一会になるかもしれないとても貴重な映画上映を何の頓着もなくすっとばして、さっさと出て行くのを見かけると、さながら『ベニスに死す』のダーク・ボガートのように大きな溜息をついてしまいます。足にすがりついてでも「見ていってください!行かないで!」という、文字通りすがるような気持ちと、30年くらい前にみたテレビ・コマーシャルの「バーナード・ショーは言った。若いやつらには青春はもったいない」(記憶違いでしたらすみません)という傲慢な台詞が同時に浮かんでは消えたりしています。
 冬期は、学部学生向けのホラック教授「MGMの歴史」、大学院生向けのべルグシュトルム教授「ジョン・フォード論」、ブラウン教授「物語分析」のゼミを聴講しました。「MGMの歴史」では、サイレント期から、会社が解体してロゴまで売りに出されたMGMの歴史が稲妻のように通り過ぎましたが(というのはコース・リーダーと呼ばれる論文コピー集をちゃんと読みきれなかったという無念の意味もこめられています)、たとえば『踊る海賊』の上映には胸踊りました。ベルグシュトルム教授の「ジョン・フォード論」は、ドイツ表現主義との関わりを考察するとても素晴らしい内容のゼミでしたが、35ミリで見たジョン・フォード作品がどれほど素晴らしかったかは言うまでもないでしょう。レヴィ・ストロースの神話論とからめた週は、脚本の開発過程を想起させられました。「物語分析」のゼミでは、原作翻案映画について週1本比較検討をしていくという内容で、「フランケンシュタイン」の回がかなり刺激的でした。私は日本から来たということで最後の授業を共同でやりましょうと提案してもらい、『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(作品選定はブラウン教授)について発表しました。ホワイトボードに家系図を書きながら人物関係を映画と原作とで比較し(たとえば、あの印刷工場には小さなプレートが壁に貼ってあって“伊周製本所”[だったと思いますが]と書かれています)、日本人の父と中国人の母のもとに生まれたヒロインは京都で、そのヒロイン(中国人女優)と恋人(イギリス人)との間に生まれた赤ちゃんは香港で、そして映画の公開年に香港は中国に返還されるのだから、このイギリスの恋人は香港で死に、葬儀にくる彼の母はエリザベス女王かもしれません、というような全くの私見を話しました。
 春期の現在は、学部学生向けの授業ではホラック教授の「ヨーロッパ映画史」を、大学院生向けではキング教授の「アメリカ映画史」ゼミ、それにプロデユーサー・プログラム(大学院生向け)で「インディペンデント映画」、「マーケット分析」の授業を聴講しています。
 UCLAの教授、大学院生、図書館スタッフのみなさんは皆とても親切で、ともかく感謝している毎日です。
 米国滞在中、これまでDVD・ビデオを含めて映画400本以上(短編も含む)を見ましたが、上述のように授業の予習復習に追われて映画を見る時間があまりないのが残念です。最後に、私が通っている映画館と映画の感想を以下に書かせていただきます(邦題の調べがつかないものがあるので、英語タイトルにて御容赦ください)。

Egyptian Theater Hollywood/Aero Theaterにて

 現在、フィルム・ノワール特集を上映しています。混んでる時はバスで片道一時間半かかります。ロサンゼルスの広さを思い知らされます。終映が深夜なので、ルームメイトからは、安全な場所ではないからバス停までの20分はマスタード・スプレーを持ち歩いたほうがいいと忠告されましたが、持ってないので、折りたたみ傘を片手に、震えながら帽子を目深にかぶって通っています。雨が降った先日、バスの乗客にとても派手な女装をした男性が座っていたのですが、その人が降りた後、長髪の怪しい男性が飛び降りるようにして後を追って行きました。走り去るバスの中まで叫び声が聞こえてきましたが、二人の男女(?)は漆黒の雨の歩道に消えてゆきました。
 ここで見た映画は例えば「GONE TO EARTH」「A MATTER OF LIFE AND DEATH 」のマイケル・パウエル監督2本立て、「RIDE LONESOME」「THE TALL T」「COMANCHE STATION」のバッド・ベティカー3本立て、「RISE AND FALL OF LEGS DIAMOND」(バッド・ベティカー監督)、「RIOT IN CELL BLOCK 11」(ドン・シーゲル監督)、少し変わったところでは「MAD DOG CALL」(バート・バラバン監督)、「TAKE ME TO TOWN」(ダグラス・サーク監督の西部劇)、「THE BREAKING POINT」(マイケル・カーティス監督、原作はヘミングウェイの“TO HAVE AND HAVE NOT”)などです。モンテ・ヘルマン監督の対談が付いた6本の連続上映会を見逃したのは、痛恨の極みで、とりかえしがつかないことをしてしまったと後悔しきりです。

LACMA(ロスアンゼルス・カウンティ美術館)にて

 火曜の昼と週末に映画上映があります。ジンジャー・ロジャース、ケーリーグラント主演の「ONCE UPON A HONEYMOON」(レオ・マッケリー監督)、リー・マービン主演の「POINT BLANK」(ジョン・ブアマン監督)など。

Hammerにて

 UCLAのフィルム・アーカイブと連動している上映会で、ガイ・マディン監督セレクションでは、「SECRETS」(フランク・ボセージ監督)、「MAKE WAY FOR TOMORROW」(レオ・マッケリー監督)を、ロベルト・ロッセリーニ監督特集では、「ACTS OF APOSTLES」(TVシリーズ)などを見ました。

UCLA/The Crankにて

 UCLAのクリティカル・スタディーズの大学院生がプログラムして毎週水曜夜に上映会が大教室で開かれます。クララ・ボウ主演の「WILD PARTY」(ドロシー・アーズナー監督)、「ANGEL」(エルンスト・ルビッチ監督)など。

New Beverlyにて

 数10分バスに乗って、さらに20分くらい歩かなければならない劇場ですが、この2ヶ月間、タランティーノ監督が選ぶ70年代低予算映画特集で、ほとんど聞いたことがない映画ばかりでした。Egyptian Theaterとの間でとても悩みましたが、基本的には後者のフィルム・ノワール特集に通いました。それでもチアリーダー映画のいくつかはとても面白く、私の後ろに座っていた老婦人が、すぐに裸になる彼女たちへ声援に沸く場内に対抗して「ステューピッド・フィルム!」と言い放って劇場を後にしたのが忘れられません。

アカデミー協会の試写室にて

 昨年、オットー・プレミンジャー監督特集があり、「BUNNY LAKE IS MISSING」などに熱中しました。

 このほか年末年始の休暇中にはニューヨークを訪れMOMAに通って10日で30本ほど見ましたが、いずれにせよLAでもNYでも、アメリカ映画の旧作を多種多様な視点から期待以上に楽しむことができました。まだ残りの滞在期間が4ヶ月ほどあるので、少なくともあと200本ぐらいは見て、論文と授業をあわせて、今後の私の仕事に生かしたいと考えています。


●新入会員紹介

  • 奥山文幸(熊本学園大学経済学部准教授)文学と映画学
  • 唐津理恵(県立長崎シーボルト大学講師)日本映画論
  • 田中幸子(東京藝術大学大学院映像研究科修士課程)シナリオ研究/映画教育
  • 中村裕英(広島大学大学院文学研究科教授)シェイクスピア映画
  • 藤田秀樹(富山大学教授)アメリカ映画